Flower decoration


















姉さんは黙っていれば男の人にもてる。

つりあがった金色の目は強い印象を残すが、
美しい顔立ちをいっそう際立たせるし、いまだにそっけなく編んだ三つ編みも、細い首とうなじをアピールする。金髪はきらきら輝いてとても目立つし、14、5の頃と違って、もう男の格好をしていても女性であることは誰の目にも一目でわかった。

そんなわけなので、アルの姉は道を歩いていれば日に何回も声をかけられる。今も、待ち合わせの約束をした時計台の下に座って両膝に肘をつき、てのひらに頬を包んで姉を待っているアルの視線の先には、花屋の店先で若い男に声をかけられている姉の姿があった。

品のいいスーツを着た青年に呼び止められた姉は、一瞥だけくれて足を止めなかった。声をかけた方は、一瞬、ぽかんとした表情を浮かべてあわてて赤いコートの腕を掴んだ。

ああっ、とアルは心の中で叫んだ。

危ない、と。見知らぬ青年の身を案じた通りに、姉が腕を一閃し、青年はよろめいた。そのまま殴りかかりやしないかと、アルは腰を浮かせたが、慌てて花屋を指先ながら何か言う青年に、姉は振り上げかけた腕を止めた。

青年の表情が、遠くから見てもわかるぐらいはっきりと明るくなった。

あれ?

と、アルが思っているうちに、姉は青年にコートの腕を取られて、花屋の店内に姿を消した。入口に色とりどりの花を並べた店先を、アルは呆然と見つめた。

びっくりした。

姉さんが、男の人と一緒にお店に入ってゆくなんて。

アルは、なんだかぽつんと取り残されてしまった気分になった。真っ直ぐに自分のもとへとやってくると思っていた姉が、見知らぬ男と消えてしまった。

あ、なんだろうこれ。

胸の真ん中が、しーんと静かになったような気持ちがする。アルは、なんだかショックだった。どこにポイントを置いてショックなのかはよくわからないが。

姉に恋人が出来たらこんな気分になるのかもしれないと、待ち合わせの時間をすっかり過ぎてさらに時刻を刻み続ける大時計の下で、アルはそう思った。

ああ、なんだか困るなあ。

アルは頬付えをついたまま、ぼんやりと思った。いつか、姉の結婚式に出席することになったら、多分、泣いてしまう気がする。そんな日がやってくることは幸せなことに違いないのに、アルはきっと寂しくて、きっと悲しい気持ちになるだろう。多分、今の何倍も。

つらつらとそんなことを考えているうちに、赤いコート姿が店から出てきた。一人で、さっさと時計台へと歩いてくる。まっすぐ前を見る顔がアルを見つけ、嬉しそうに表情を明るくして片手を上げた。

アルは頬杖をはずして、控えめに手をあげた。それが合図のように、姉はコートを翻して残り数メートルの距離を走るようにやってきた。

「待たせたな」と、微笑むように謝る姉の手に1輪の花が握られていた。オレンジ色の花びらが沢山ついた、アルの知らない花だった。

あの、知らない男の人に買ってもらったんだろうか。

と、そう思って見上げるアルの視線の先で、姉はオレンジ色の花のくきをぱきりと折った。

「姉さん?」

目を瞬くアルに、姉はにこっと笑って手を差し出した。

「待たせたお詫び」

アルを見下ろして、見栄えに満足するように、姉は目を細めた。金色のその目に映っているのは、オレンジ色の花を頭にさした弟の姿で。

「お詫びになってないよ……姉さん……」

この姉の目にはぜったいに自分の姿は10歳の時のままに見えているに違いない、と。アルの魂は鎧の中でそう思った。

そうじゃなかったら、美的感覚がおかしいんだよなあ。

2メートルを越える鋼の鎧に、可愛らしい花が似合うわけもないのに。

この姉ときたら、それは満足そうににこにこしているのだから。

「そこの花屋さんで買ってきたの?」

アルは立ち上がりながら、姉に尋ねた。にこにこ顔の姉は、駅に向かって歩き出しながら、「おう」とやっぱり満足そうに頷いた。

「なんか、知らないやつがお詫びに花がどうこうとか言うからさ、そういや、アルとの待ち合わせに随分遅れてるよなーって思って」

「その人はどうしたの?」

「知らね」

姉の少し後ろをついて歩きながら、アルは肩越しにちらりと広場を振り返った。花屋の店先に、赤い薔薇を抱えてうろうろしている青年の姿が見えた。なんとなく申し訳ないような気分になって、アルは心の中であやまった。

ごめんなさい。この人、そーゆうのにほんと疎い人なんです。頭の中に、恋愛のレの字もないんです。

姉の結婚式に出席するのはどのぐらい先のことになるやらと、そう思いながらアルが視線を戻すと、少し前を歩きながら振りかえる姉の金色の目が見上げていた。

「どうしたの?」

「なんでもねー」

ふふ、と、らしくなく小さく笑い、ほんのり赤くなった頬を満足そうに上げて、姉は前に向き直った。
「変な姉さん」と返して、機嫌のいい姉の後ろを歩きながら、アルは駅へつくまでにはどうにかこの花を外したいなあと思った。

オレンジ色の、きれいな花飾りを。
























お題「花飾り」/04.06.06 ハナ