Sweet sweets























弟の研究室の日当たりのいいソファの上に寝転がっていると、ドアを開けて入ってきた白衣姿の少年が「わ!」と驚いた顔をした。

「おう。お帰り」

「びっくりした。来るなら言ってよね」

年の若さを誤魔化すためにかけている素通しの眼鏡姿は、ここに来ないと拝めない。エドはさかさまの視界の中でじろじろと弟を見上げながら、「だって、起きたらお前いなかっただろ」と答えた。

「はいはい。そうだったね。今日は連絡会があって朝早かったんだ。ごめんね、昨日言うの忘れてた」

ずり落ちている姉の頭を片手で拾い上げるように支えてソファに戻しながら、アルはもう一方の手に持っていた包みをテーブルの上に置いた。

ほんのりと甘い香りがして、エドは鼻をくんくんと鳴らした。
そんな姉の様子にくすりと微笑んで、アルは「わかる?」と笑う声でエドの顔を被うように見下ろした。影になった柔らかな表情に、胸が勝手にどきりと反応する。エドの弟は、ちょっとした表情や仕草や口調がほんとうにやわらかくて優しくて可愛くて。

「チョコレート味のマフィンだよ。資料室でもらったんだ。今、お茶入れるね?」

こまめに立ち働く弟の白衣の背中が、部屋の隅に向かって離れて行く。カチャカチャと食器の鳴る音と、こぽこぽと注がれるお湯の音。

「姉さんも、そういうの作ったりしないの?」

「食べたいのか?」

「うーん、そういうわけじゃないけど……。花嫁修業とかしてみたくない?」

背中を向けたままそう言う弟に、エドは目を見開いて、ソファの上にがばりと身体を起こした。寝乱れた金髪の間から、つりあがった目が穴が開きそうなほど弟の背を見つめるのに、答える声はのんびりと続けた。

「そのケーキをくれた人ね、来月結婚式なんだけど、お菓子とかお弁当とか、いろいろ作ってみんなに持ってきてくれるんだ。今までお料理とかしたことなかったけど、やってみたらすごく楽しいって」

資料室とやらで、どんな話を吹き込まれてきたのか。ティーポットからカップに紅茶を注ぎながら、会話を思い出すようにアルはそう言った。チョコレートマフィンを作った女性が、まさに花嫁修業中だとでもいったところか。

「なんだ……」

エドは肩を落として小さく息を吐き、またソファに寝転がった。

「姉さん?」

紅茶のカップを両手に持って戻った弟が、けげんそうに小首をかしげる。エドは片目だけ空けて弟の顔を見上げた。

プロポーズかと思ったのに。

身体をずらして場所を空けると、弟はソファに座って「はい」と紅茶を差し出した。

「いらね」

「姉さん?」

応える代わりに、エドは弟の腰に抱きついて膝の上に頭をのせた。甘えるように頬を摺り寄せると、笑う声が「髪の毛ぐしゃぐしゃだよ」とそう言ってエドの髪を指ですいた。

「コーヒーの方がよかった?」

エドは髪がもっと乱れるのも構わず頭を振った。




紅茶もコーヒーも甘いお菓子もいらない。
欲しいのはお前だけだ。


























お題「甘いお菓子」/04.06.14 ハナ
*設定の説明のようなものが入り用な気がしたのでそのうち書いたほうがいいのかも。