Weak point






















「おかあさん!」

バタン、とキッチンのドアを開けて入ってきた娘に、母親が振り返る。

頬を赤くして大きな目を見開いて眉を下げて、小さな娘はワンピースのすそを両手でぎゅっと握っていた。

あらあら、アルが泣いてるわ。

開いたドアの向こうから小さな泣き声が聞こえた。どこにいても、泣いているとその大きな泣き声ですぐに居場所がわかったエドと違って、アルはあまり声を上げない。その代わり、身体中の水分が無くなってしまうんじゃないかと思うほど、沢山の涙を流す。しかも、なかなか泣き止まない。

「おかあさん、おやつ! おやつ、ちょうだい!」

早く早く、と、大きな目が見上げて母を急かす。この子のこういうところはお父さん似ね。おっとりと小さな娘を見下ろしながら、母親は野菜を洗っていた手をエプロンでぬぐった。

「おやつの時間にはまだちょっと早いわよ?」

「アルの分だけ!」

のんびりと返す母に、エドはスカートから両手を離して差し出した。「はいはい」と笑って答えて、母親は戸棚の中から籠に入ったクッキーを取り出した。
小さなアルが食べられる分だけを、小さなお皿に入れてやって渡すと、両手を伸ばして受け取った小さな娘はぱっとリビングへと走っていった。

母親はのんびりと、その後を追いかけた。

ソファの下にぺたんとすわって、小さなアルが泣いている。大きな目を開いていられないぐらいに、沢山の涙がふっくらとした頬をぽろぽろ落ちてゆく。弟の前に座り込んで、膝の上にお皿をのせて、エドは指につまんだクッキーを、小さな泣き声をもらす口へと運んだ。

「アル、ほら、クッキーあげるから、泣くな」

アルが一口で食べるには少し大きすぎるクッキーを、エドは開いた口の間にそうっと押し入れた。まるで親鳥が雛にえさをあげるようだと、子供たちを見守りながら母親は思った。

アルは涙をぽろぽろこぼす大きな目を開いて、姉を見た。口の中に入れられたクッキーを条件反射のように噛み砕くほっぺたがふくらむ。

口いっぱいにほおばるクッキーに、アルの泣き声は止まった。いっしょうけんめい口を動かしている内に、泣くのを忘れてしまったようだった。

泣き止んだ弟に、ほっと表情を明るくして、エドはまたクッキーをつまんだ。

「もう、泣くなよ」

あーん、と言って口をあけるエドを真似て、弟が小さな口を開く。もぐもぐとクッキーを食べる弟に満足そうに口の端を上げて、エドは小さなお皿を床によけ、ワンピースの裾をひっぱってばら色の頬を拭ってやった。



























バタンと、ドアの閉じる音がしてしばらくたってから、アルは自室の窓から通りを見下ろした。

石畳の上を、赤いコート姿の背が通りの向かい側へとわたって行く。せっかちなせいかくそのままの走るような足取りに、コートの裾が跳ね上がる。

姉が向かう先は、裏通りのパン屋だった。茶色いひさしにブレッド&スイートの文字が白抜きされた小さな店には、パンの他にもクッキーやドーナツなどの焼き菓子が並んでいる。

「まったく、いくつになったと思ってるんだよ」

アルは言い争いのぴりぴりした気分の抜けないまま、腕を組んで呟いた。

小さな頃から、姉は甘いものをあたえては弟の機嫌をとっていた。アルが泣いている時や、ケンカをした時には。

窓ガラスの向こうで、赤いコートの後姿が茶色いひさしの下に消えた。数分もしないで、甘い匂いをさせた袋を抱えた姉がアルの部屋のドアを開けるだろう。ノックなしに。

まさにケンカの原因になったそれに、まったく頓着せずに。

容易に想像できてしまって、アルは肩を落としてため息をついた。窓辺から離れ、机の上に開いた読みかけの本に手を伸ばし。

どうせなら、チョコチップの入ってるのにしてくれないかなあと思いながら、ページをめくった。

























お題「ウィーク・ポイント」/04.10.14 ハナ
*アルは結局、弱点を姉に握られているというお話