Can't it sleep?























子供の頃、まだ母さんも元気だった頃、移動映画館が町にやってきて、ボクは姉さんと一緒にその時初めて映画を見た。「ハエ男の恐怖」というタイトルの、ちょっと怖い映画を、両手で顔を被い指の隙間から覗いては目を閉じる小さなアルの隣で、小さな姉は両手を握って目を輝かせて画面に見入っていた。






「アルー」

ベッドに入って、随分たった頃だった。名前を呼ばれて、アルはくっついていたまぶたを擦りながら目をあけた。

「なあにー……」

月明かりの暗闇の中、姉がすぐ側でアルの顔を覗き込んでいた。アルが目を覚ましたことにほっとしたように、姉は枕を抱えたまま肩を下ろして、表情をかすかに明るくさせた。

「アル、さむくないか? さむいだろ? さむいよな?」

さむくないよ、というアルの返事を待たずに、エドはさっさと枕を置き、ブランケットをめくってベッドの中にもぐりこんできた。

「アルがさむがるから、姉ちゃんいっしょにねてやるな」

やっぱりアルの返事は聞かず、小さな身体がもぞもぞと動いて弟にひっついた。

アルはさむくなかったけれど、眠かったので「うん」と頷いた。
へへ、と、嬉しそうに笑って、姉は笑う顔のまま目を閉じた。






















「アールー」

来たな。

アルはブランケットの下に伸ばした足に、読んでいた本を下ろした。寝室のドアが開いて、枕を持った姉がそうっと顔を出す。

「アル。寒くないか?」

「寒いの? 姉さん」

「いや、俺は平気だけどな。お前、寒がりだから寒いんじゃないかと思ってさ」

問い返すアルに、そう答えながら、エドは後ろ手にドアを閉めた。そうして弟の答えを待たずに、さっさとベッドの側までやってきて枕を並べる。

「ボク、まだ寝ないけど」

「ん、気にすんな」

勝手にブランケットをめくってベッドに入ってくる姉に、アルはしょうがないなあと小さくため息をついて身体をずらした。

昼間、買い物の途中で姉に強引に連れて行かれた映画館で上映していたのは、実在した連続殺人犯をモデルにしたスプラッタ・ホラーだった。隣の席で、姉はアルが怖がるのを横目ににやにやしていたけれど。

本当は怖がりな姉は、寝る時になると映画の内容を思い出して、アルと一緒に眠りたがる。子供の頃からずっとそうだった。

そして、姉はアルを怖がりだと思いこんでいるが、実際に弟が苦手としているのはハエ男や殺人犯ではなく、彼らが出てくるまでの盛り上げ方それだけだった。出るぞ出るぞと緊張するあの雰囲気が怖いのだ。

怖い映画を見た後に、眠れなくなるのはいつもアルではなくって姉の方だ。

そのクセ、怖い映画大好きなんだよねえ。

女の人ってわからないなあ、と思いながら再び本を開いたアルを、枕に頬をうずめて見上げて、エドは子供のように満足した笑みを浮かべた。

今となっては、怖い映画を見るよりも、弟と一緒に眠ることの方が姉の目的なのだと。


素直な弟は知る由もなかった。


「おやすみ、アル」


身体を摺り寄せて、笑った顔で目を閉じる姉に、アルは「はいはい、おやすみ」とちょっと呆れた声で答えた。























お題「「眠れないの?」/04.06.09 ハナ
*色っぽくすべきタイトルもがんがんほのぼので書いてきます代!