spreading world |
||||||
玄関から戻ってきた妹の姿をした弟が大きな包みを2つ持って、リビングに戻ってきたのに、エドはソファから飛び降りた。広げていた研究書は置き去りに、アルのもとへと無言で歩み寄る。 「そんなもん、捨てろ! 捨ててしまえ!!」 両手を腰にあてて仁王立ちになって宣言する兄に、アルはやれやれとため息をついた。通せんぼをする兄を迂回して、足の低いテーブルの上に油紙と麻紐で梱包された四角い包みとリボンのかかった平らな箱をのせる。 「無視すんな!」 「まだ、大佐からだって決まったわけじゃないでしょー」 背後から聞こえてくる声に振り返らずに、アルは適当に返した。しばらくの間の落ち着き先として移ったこの家を探すのに、マスタング大佐の力を借りるまでは兄も納得したものの、その家に足りない調度品をすべて大佐が買い揃えて用意しておいてくれたことには業腹らしい。 マスタング大佐は、国家錬金術師で、軍の大佐の地位にある人で、年齢も14歳も年上だから当然のことながら何においても兄より優っている。ことが、兄のプライドを刺激するようだった。とにかく借りを作ったり、世話になったりするのが嫌で仕方ないのだ。男の人って大変だ。 思春期を鎧の姿で過ごし、引き続き女の子の姿で過ごすことになっているアルには、どうもそういった少年らしい矜持が希薄なようだ。もともとの性質かもしれないが。 妹の外見をしている弟の寝室の家具がまるまる全部、大佐の買い与えたものであること、つまり日用品から衣類から部屋の調度に至るまで、サイズの合わない靴以外、アルの持ち物全部が大佐からの贈り物なのだということが、兄の不愉快の原因だと。 気づいていないアルは、中尉に選んでもらって大佐に買ってもらった若草色のワンピースの裾をふわりと広げて絨毯に座った。「あけるなー!!」とわめく兄に「はいはい」とやはり適当に返し、麻紐をほどき油紙をはがす。 「わあ……」 アルは思わず感嘆をもらした。オレンジ味の強い包み紙の中から出てきたのは、淡いキャメル色をした新品のトランクだった。やわらかな取っ手を持ってみると、何の皮をつかっているのかとても軽かった。 アルはトランクをそっと絨毯の上に下ろして、箱にかかった真っ白なリボンを解いた。蓋をあけると白い薄紙の包みに細いリボンがまたかかっている。赤いリボンを解いて軽い包み紙を広げると、真っ白な布地と灰色の糸で刺繍された大きなフラメルの十字架が現れた。 「コート!」 両手に持ち上げて広げてみると、それはフードのついた真っ白なコートだった。兄の持っている赤いコートとおそろいの。 ぱらりとメッセージカードが絨毯に落ち、拾い上げたそこには送り主の名前があった。兄が予想した通りに、綴られた名前は、ロイ・マスタング。 「誰からだよ」 地の底から聞こえてくるような声に、アルは「今度、旅行に連れてってくれるって」とメッセージの本文を簡潔に要約することで答えた。 「ぶっころす!!」 「社交辞令だよ。大佐はお仕事忙しいんだから」 アルはメッセージを折りたたんで、箱の中に戻した。そうしてもう一度、真っ白なコートを両手で掲げた。 兄のものにデザインは似ているが、それよりも裾の広がりが大きいようだった。ドレープが、ゆったりと揺れる。 一緒に旅行に行こうという誘いは冗談として、「旅行かあ」とアルは呟いた。 人生の3分の1ほどが、アルも兄も旅の暮らしだった。けれどそれはせっぱつまった目的があってのもので、この国中を歩いてまわっても旅行と呼べるようなゆとりも楽しみもそこにはなかった。 今、旅に出たら、世界はどんな風にこの目に映るんだろうか。 アルはコートを膝の上に下ろし、トランクへと視線を移した。このコートを着て、トランクを持ってこの家を出てゆく時は、ちゃんと身体を元通りにしてリゼンブールに帰る日だ。 いつか来るその日のことを思い浮かべて、アルのうつむく口元に小さな笑みが浮かんだ。 それまでは、クローゼットの一番奥に大切にしまっておこう。 「アル」 コートを畳んで箱に戻そうとしたアルを、兄が制止するように呼んだ。 「なに? 兄さん」 背後で騒いでいたはずの兄は、いつの間にかアルの傍らに立って、困ったような怒っているような表情で眉間に小さく皺を寄せていた。 「旅行でもなんでも、俺がつれてってやる」 「うん。そのつもりだよ」 次の目的地は、リゼンブールだから。 兄も一緒に違いなかった。 そう思って、にっこり笑って頷くアルに、何故か兄は頬を赤くした。 |
||||||
お題「広がる世界」/04.07.02 ハナ 白コートアルのアイコンがすごく可愛くて白コートを推奨してみました。 白コートは大きなアルにも似合いますが小さなアルにも妹にも似合うと思います! 兄さんと並ぶとおめでたくってなお良しです! ところで十字架はフラメルでいいんでしょうか…どっかでそんな表記を見た気がする… |