鎧(小)
























「なあ、思ったんだが、アルフォンスのその練成陣のとこだけ残して、ちっちゃい鎧とかにできないのか?」

持ち運びが便利なようにさ、と。火のついていない煙草をくわえたハボックが、明らかに暇つぶしの様子でそう言った。ハボックのデスクの傍らに立っていたブレダが、いかつい顔の表情も変えずに「手乗り鎧か?」と首をひねった。

「できねえよ、血印は仲立ちで、アルの魂自体は鎧の鉄分に定着してんだから」

開いている椅子の一つに反対向きに座って、エドワードは背もたれに乗せた両腕に顎を預けた。「へえー、そうなのか」とぜんぜん理解してなさそうな顔と声とが2つ分返ってくる。その二人のさらに隣に立っていたファルマンが、細い目をさらに細めて顎に手をやった。

「質量さえ同等であればいいのなら、サイズを小さくすることは可能ではないですか?彼の鎧の中身は空洞なわけですよね?」

「おお! なるほど!」

「ナイスアイディア、准尉! どうよ、大将」

「どうよって……」と呆れた気分で見返しながら、けれどエドワードはハボックたちの提案に少しだけ心ひかれた。
錬金術師としての純粋な興味が1割に、それ以外の動機が9割。

ちっちゃいアルかあ、と。

兄がちょっと妄想じみた想像をたくましくしていることなど知らずに、中尉のおつかいから帰ったアルフォンスは、「ただいまー」と東方司令部の居室のドアを開けた。


























東方司令部のロイ・マスタング大佐は、仕事に飽きて執務室から続きの居室へのドアを開けた。
上司の薫陶を受けてデスク・ワークをさぼりがちな集団が、居室のすみでなにやら騒いでいるのが目に映る。軍服に囲まれているのは、赤いコート姿の子供だった。セットの鎧の姿が見当たらない。

「何をしている、さわがしい」と、部下たちの背後に立って口を開きかけて、大佐はそれを閉じた。

「なんだね、それは」

当然の質問に答えたのは、腹をかかえて笑っているハボックだった。
涙を浮かべた目が、振り返ってロイを見上げ、「ちびっこアルフォンスですよ、大佐」と言って、また笑い出した。

「なんですか、それ! ってゆーか、もとに戻してよ!兄さん!」

椅子の上に両足をつっぱるようにして立っている鎧が、両手をあげて兄に抗議した。けれど、兄の方はやにさがった顔で笑って、「いいじゃんか、持ち運びに便利だし」と取り合わない。

「兄貴のトランクの中に入っときゃ、交通費もかからんしなあ」

「宿も一人部屋ですみますな」

確かに全長30センチほどの姿は、鎧と言うよりもぬいぐるみじみていた。元の姿よりも、丸みを強調してデフォルメされている。それが両手を上げたり下ろしたりして動いているのだから、子供が見たら喜びそうなおもちゃっぷりだった。

ロイは、思わず指で鎧の胸部をつついてみた。「わ」と言って、鎧がよろめき、仰向けに転んだ。ずしりと、ありえないような重い音がする。

手足のバランスが悪いのか、ひっくり返ってしまった亀のように、小さな鎧がじたばたした。

「見てないで起こしてよ! 兄さん!」

「てゆーか、もとにもどせ!」と少し乱暴な口調で、可愛らしい声が兄に腕を上げる。でれでれした顔で「しょうがないなあ」と小さな鎧を持ち上げたエドワードの手を、小さな拳がぽかぽかと叩いた。ずっしり中身のつまっている拳で殴られても痛くないのか、エドワードの表情は緩んだままだ。

「聞くまでもないが、鋼のの仕業か?」

「おう。かーわいーだろー」

赤ん坊か子猫にそうするように、じたばた動く鎧をエドワードが抱き上げる。もちろん抱かしてやる気などさらさらないので、小さな鎧を差し出すことはしなかった。

「何とか言ってやってくださいっ! 大佐!」

ぷりぷりと怒った声が、ロイを見上げてそう言った。脳内になにか分泌されているらしい兄を叩いても無駄だと悟ったのか、両手両足をだらりと力なく下ろしている姿は猫の仔のようで可愛らしかった。

小さなその姿は、巨大な鎧姿よりも、よほど愛らしい声に似合った外見ではないだろうか。

「まあ、無理に戻さなくてもいいんじゃないか?」

「大佐っ!?」

「上官命令でありますか、大佐殿」

いまだ目に涙を浮かべたハボックが、わざとらしく背筋を伸ばして敬礼してみせた。「まあ、そうなるかな」と答えるロイに、「兄さん!?」とアルフォンスは兄を振り返って見上げた。

「悪いなアル……、兄ちゃん軍の狗だから、上官命令には逆らえないんだ」

ぜんぜん悪いなんて思ってない顔が、アルフォンスを見下ろしてそう答えた。




















04.8.01
ちっちゃい鎧のアルです。ヴィジュアルは各自で想像してください!