すべてがあたたかいよる |
風が、窓を揺らしている。 ベッドの上にちょこんと座って、両手を揃えたひざの上に置いたまま、アルはカタカタゆれる窓に顔を向けた。 カーテンのない窓の外は、真っ暗な冬の夜だった。 寒いのかな、と、アルはぼんやりとそう思った。見知らぬ街で見上げた昼間の空は、どんよりと灰色に曇っていた。まるで、雪でも降りそうに低い空。 部屋の中を薄暗く灯すランプの光が、窓枠にはまったガラスに映りこんでいた。それから、暖炉の火。 ぱちぱちと木のはぜる音が、上着を脱いだ兄の背後から聞こえる。むき出しになった肩や腕が、オレンジ色に照らされて、長い金色の髪が暖かい色に染まっていた。 「そんな格好じゃ、風邪引くよ、兄さん。寒いでしょ?」 アルには、寒さも熱さもわからない。鎧の身体は熱を伝えても、それを受け取る感覚がアルにはなかった。 絶え間なく窓を揺らす風と真っ暗な夜に、安宿の小さな暖炉の火は頼りなくて、アルは部屋の中が寒いのではないかとそう思ったのだ。 ベッドの縁にひざを乗せ掛けた兄が、うつむいていた視線を上げた。 「寒いのか?」 「ううん。ボクは寒くないよ。兄さんが寒いんじゃないかと思って」 それは本当のことだったのに、まるで、寒いのに、そうじゃないと言い訳しているみたいに聞こえた。多分、兄の耳にも同じように聞こえたのだろう。 つりあがった目が軽く見張られて、糸が緩むように優しく細くなった。 きしりと小さく音をきしませてベッドを離れ、兄はアルの目の前に立った。手が……、小さくて白い手が、まっすぐに鎧の額から頬へと輪郭を撫でて、薄い胸に引き寄せた。 視界が、真っ暗になった。けれどそれは、窓の向うの夜とは違う闇だった。 あたたかい、暗闇だった。 「一緒に寝てやるか?」 「ホントに寒くないってば、兄さん」 甘やかすみたいな声が、アルの冷たい皮膚を直接震わせて響いた。ストレートな弟扱いが、たまらなく、くすぐったかった。 小さな身体のすべてで包み込むみたいに、兄の頬や、唇が触れているのがわかった。 感じるはずのないあたたかさを、今、感じているのは魂なんだろうか。 アルの存在のただ一つの証であり、すべてである魂が。 兄さんが練成してくれた魂だから、兄さんの温度だけはわかるのかな。 ホントに寒くはなかったけれど、兄の暖かさが気持ちよくて、アルはもう少しだけおとなしくしていようと、そう思った。 |
04.1.18 初鋼。 |