エドロイ 10 TEXT |
抱きしめる 目の前の中庭では、子犬が元気に芝の上を走り回っている。 木陰の下に座って、エドは明るい陽のさす庭を暇を持て余しながら眺めていた。 東方司令部司令官の紹介状をもらうために訪ねた司令室に、大佐は留守だった。 市街の視察に出ていて、帰りは午後になると教えてくれた美人の中尉は、兄弟の兄の方に軍のまずい昼食を食べてゆくようにすすめてくれ、弟の方は咥え煙草の少尉に手伝いに丁度いいとかび臭い書庫へ連れて行かれた。 積極的に他人の仕事を手伝う気はなかったが、適当にサボればいいしと思ったエドの申し出は、「大将はお茶でも飲んでゆっくりしてろって」と言う戦力外通告によって断られた。 どうせ背が低いよ、脚立のてっぺんに乗ったって、上から二番目の棚にも手が届かねえよ。悪かったなあ。 膝を両手で胸に抱え込んで、エドはごろんと芝の上に寝転がった。 平均的な十五歳の身長は何センチなのかは知らなかったが、なんとなく自分の身長がその数値を割り込んでいる気は薄々していた。加えて、唯一付き合いのあるのが、軍隊なんて規格の良好な比較例ばかり取りそろったとこなものだからヘコみ放題だ。 エドは寝転がったまま、両手を目の前に伸ばしてみた。生身の左腕とオートメイルの右腕はわずかだが長さが違う。ほんの少しづつでも、成長している証拠。けれど、身長の高さに比した腕の長さは、エドの望むそれにはまだまだ足りなかった。 思わずため息をついて目を閉じると、ぱたぱたと軽い音が耳に聞こえてきて、エドはまた目を開いた。 音を追って視線を上げた先に、小さな子犬が勢いよく尻尾を振っていた。くるんと丸い目が、じっとエドの顔を見つめている。 エドが手を伸ばしたのを、自分が呼ばれたものと思ったのか、子犬は太い足を芝につっぱるようにしてじっと様子を伺っている。 両手を伸ばすと、子犬は芝を蹴った。 「うはは、やめろって!」 顔を舐める小さな舌がくすぐったくて、エドは笑った。ひとしきりじゃれあって、芝の上を一緒になって転がった後、エドは子犬を抱き上げながら起き上がった。エドの腕の中にすっぽりと収まって見上げる黒い目が、何かに気付いたようにふいと逸れた。 子犬を抱えたまま倣って視線を上げた先に、待ち人が中庭を横切って行くのが見えた。足を掻く子犬を地面に下ろしてやると、小さな黒い体が緑の芝生の上を真っ直ぐ走っていった。せいっぱい呼び止めるような小さな鳴き声に、気付いた軍靴が止まる。振り向いた顔が走ってくる子犬を見て、エドを見た。 木陰に座ったまま、エドは腕を広げるように両手を伸ばした。けれど大佐は子犬のように走りよっては来なかった。 子犬を足元にじゃれつかせたまま、正気を疑うような半眼で、大佐はエドを見下ろした。 「なんの真似だね、鋼の」 「……なんでもないです」 両手を下ろして立ち上がって、エドはコートについた芝をはたいた。 エドが付いてくるのを確認してから背を向けて、大佐は官舎に向かって歩き出した。軍服の足にまとわりついて歩く子犬から、エドは自分の左腕へと視線を戻した。 この腕はまだ何を抱きしめるのにも足りない。 |
04.2.23 抱きしめられない方向で。 |