エドロイ 10 TEXT & 甘いもの好き大佐 |
甘すぎる |
がらにもなく手土産なんか持ってきて渡したら、包みを開けた相手が見たこともないような嬉しそうな顔をするもんだから、書類を片付ける合間に次々と口の中に消えてゆくトリュフを、しばらく黙って見守ってしまった。 箱の中に綺麗に並べられた丸いチョコレートの三分の一がなくなった所で、エドは我にかえって口を開いた。 「中尉たちにはやらないのかよ」 執務室と続きの隣部屋は、司令部の居室だった。どちらの部屋にもあるデスクの、たまたま個室の方にいたから大佐個人に手渡したが、司令部の人数も考慮に入れて選んだ差し入れだ。 最も、手土産を持って行くように言ったのも、疲れている時には甘いものがいいんだって、と、どこからか仕入れてきた知識を兄にアドバイスしたのも、弟だったが。 前回、イーストシティに顔を出した時に、ちょっとした事件に巻き込まれて、東方司令部の司令官と彼の子飼いの部下たちにやっかいになった。エドとしては、結果的に犯人逮捕に協力もしたのだから貸し借りなしだと思っていたが、弟の意見は違っていた。 兄さんは返したかもしれないけど、僕は返せてないよ。大佐や司令部の人たちには、いつもお世話になってるし、何かお礼がしたいんだ。 と、誠実な声で重ねて頼まれたら、弟に弱い兄は聞き入れるしかなかった。 そんな事情も含めて尋ねるエドを、つまんだトリュフごと宙に手を止めて、大佐が見上げた。 「私にくれたものだろう? 全部食べるが?」 思いもよらないことを聞かれたように尋ね返す声が、そう答えた。そして、実証してみせるように、丸いトリュフを口の中に入れた。やわらかいチョコを口蓋で押しつぶすようにして、閉じた口が動く。いい歳をした男が、もぐもぐとチョコレートを食べている様子はちょっと笑える。てゆーか。 エドは執務机の反対側にしゃがみ込んだ。脱力するように絨毯に向けた顔が赤くなっているのが、自分でもわかった。 可愛いこと言ってんじゃねーよ。 エドは眉間にしわを寄せ、低い視線をあてもなく逸らした。 「鋼の?」 口の中にものを入れてしゃべる声が、頭上の執務机の向こうからエドを呼んだ。気持ちが、加速をつけて坂道を転がっていくような感覚が、身体の内側をいっぱいにする。今なら何をしている大佐でも、可愛いと思えてしまいそうだった。 エドは立ち上がって机に背を向けた。 「お茶、いれてきてやるよ」 「手土産といい、今日はどういう風の吹き回しだ?」 「別に、土産ぐらい」 そんなに喜ぶんなら、いくらだって買ってきてやったのに。 他の面々には、後日ちゃんと差し入れをもってくることを心の中で弟に約束し、エドは司令室に続くドアを開けた。簡易コンロと給湯道具がひと揃いある居室の隅に足を向けると、見知った顔が数人集まっていた。 「なにやってんの?」 振り返った顔の一つが、「おまえさんも食ってくか?」と持ち上げて見せたのは、白い皿に乗ってガラスのカバーをかけられたケーキだった。白い生クリームの厚みと、並べられた赤いイチゴの位置がまばらなのが、見るからに手作りっぽい。 「意外な趣味だな、少尉」 「今時、ケーキの一つも焼けないと婿の貰い手がないからな」 顔色一つ変えずに答えて返すハボック少尉の横から、「大佐への差し入です」と生真面目に答える童顔はフュリー曹長だ。後の二人は、痩躯のファルマン准尉と恰幅のいいブレダ少尉だった。 「まったく、なんで大佐ばっかりもてるかねえ」 エドは手作りケーキを囲むちょっと異様と言えなくもない集団から少し離れて、ワゴンに並んだカップを一つ手に取った。 「しょっちゅう貰ってんの?」 これが初めてではないようなハボックの口振りに、何となく興味を覚えて聞いてみた。大佐が女性に人気があるのは、納得できるかできないかはともかく周知の事実だ。エドにとっては、二重に面白くない事実だが、こればかりはどうしようもなかった。 「週に一、二回ぐらいですかね? 少尉」 「最近はそんなもんだな」 「皆さん、甘いものを差し入れに下さいますね」 上官への正確な情報提供に努めるように、フュリーがエドの方を振り返った。差し入れは複数人からのものらしい。だが、機嫌の良さが持続しているせいか、エドはあまりムカつかなかった。 「ふーん」と軽く流して、ティーポットに茶葉を入れる。小さな電熱コンロの上で白い湯気を立ち昇らせるヤカンを取ろうとして、続いた会話にエドの手は止まった。 「あの人、甘いもん貰うと子供みたいに喜ぶからなあ。ありゃあ、ころっとだまされるわなあ」 「自分があげたものだから喜んでくれてるのだと、そう思いこみたい心理故の錯覚が大半でしょうが、一般的には大佐ぐらいの年齢になっても甘いものを好む男性は少ないですからな」 「そういやあ、聞いた話じゃあ、女性の前ではかっこつけて甘いもんは食わないらしいぞ」 「すると、甘いものが好きなわけではないのに自分の手作りだから喜んでくれているのだと、女性はますます錯覚するわけですね」 上官達の言葉を総括して、わかりましたというように、真面目な顔でフュリーが頷いた。 「で、次々と貢いじまうわけだ」 つっても手作りのお菓子なんて可愛いもんだけどな、とハボックがしめて、それぞれが仕事に戻ってゆく中、エドも執務室へと踵を返した。 「大将? 茶ぁ忘れてんぞ?」 空の両手を目ざとく見止めた声が背中から追いかけてきたが、エドは答えず後ろ手にドアを閉めた。 勢いを殺す配慮もせずに閉めた扉がたてた音に、何事かと眉を寄せる顔が、書類から視線を上げた。 「ドアの開け閉めは静かにしたまえ」 常識的なことを言いながら、机の端に置いた箱へと大佐の手が伸びる。エドは大股で執務室を横切ると、まだ半分ほど中身の残っていた箱を取り上げた。 「何をするのかね、鋼の」 チョコを掴み損ねた手が、空を掻くようについてくる。おもちゃを取り上げられる子供のような仕草をいい年した男がしたって、ぜんぜん可愛くないのに。 「残りは中尉たちの分だよ。……腹が減ってんなら、あっちにあんたへの差し入れの手作りケーキがあったぜ」 司令室へのドアを顎で指し、エドはそのままくるりと背を向けた。 まだ少しだまされてるのかもしれないと思うのに、我ながらムカついた。 |
04.2.25 チョコを取り上げときながらケーキがあるって教えてあげるエドは大佐に甘すぎるんじゃないかというお話。 |