賢者のおくりもの



























東方司令部の片隅に、子供と鎧という珍しい組み合わせだがここではすっかりお馴染みの二人組が、並んでベンチに座っている。兄弟の会話は、デスクの近いハボックの耳にさきほどからずっと聞こえていた。

「メモに書いてあるとおりのものを買ってきてって、頼んでるだけだよ」

「だから、買い物の途中で無くしちまったんだってば」

「この前もそう言ってたの、覚えてる? もうちょっとマシな言い訳できないの?」

小さく抑えた声が、語調を強くした。会話だけ聞いてると、まるで嫁さんにやりこまれてるダメな旦那のようだった。どうやら、兄の方が弟に頼まれた買い物をちゃんとしてこなかったことが揉めている原因らしい。

「うるせーなー、使えることには変わりねーんだから、いいだろ。値段だってそんな違うわけでもねーし」

ひたすら言い逃れたり誤魔化したりしていた兄が、やっと反撃にでた。逆ギレというには、口調も声音も限りなくよわっちい。

「あのねえ、1回につき500センズそこそこの差額でも、それが6回も続けば3000センズだよ。兄さんの脳みそ、貨幣価値も算数も理解できてないんじゃないの?」

比べて弟の方は、子供らしい甘さの残る声に誤魔化されそうになるが、けっこう容赦ないことを兄に言う。

「お前、兄に向ってなんだよ、その言い方は!」

一方、兄の方はぐうの音も出なくなったダメな旦那さながらの台詞を返した。ハボックは無関心を保ちながらも、気持ちは兄の方に味方していた。人間、分の悪い方を応援してやりたくなるものだ。

「だいたいなあ、俺の金なんだから、いくら使おうが何に使おうが勝手だろ!」

「もともとは国民の人の税金でしょ。働いて稼いだわけでもないのに、なに偉そうなこと言ってんの!」

言い返せずに沈黙する兄を救ったのは、ドアの開く音だった。

執務室に続くドアを開けて出てきた中尉が、兄弟たちの方へと顔を向けた。「エドワードくん」とりんとした声に呼ばれて立ち上がった少年の顔には、あからさまに「助かった」と書いてあった。本当に、どこまでもダメな旦那のようだ。

あいつ、絶対、嫁さんの尻に引かれるタイプだな。

執務室に逃げ込むように兄はドアの向こうに消え、弟は一人ベンチに取り残された。鎧の顔に、表情など浮かびようがないのだが、賑やかだったのが急に静かになってしまったせいか、なんだかしょんぼりとして見える。エドワードの味方をしていたことをさっさと忘れて、ハボックは椅子から立ち上がった。

「アルフォンス、暇だったらちょっとつきあってくれ」

顔を上げたアルフォンスに、ハボックは軍服のポケットから取り出した煙草を振ってみせた。



















「うるさくしてすみませんでした」

喫煙所につくなり謝られて、ハボックは真新しい煙草をくわえたまま苦笑した。

司令室から連れ出されたことをそんな風に解釈してみせるアルフォンスに、かといって、元気がなさそうに見えたから話を聞こうと思ったのだとも答えられず、ハボックはライターを取り出した。

「かまわんさ。面白いもん聞かせてもらって、気分転換になったしな」

煙草の先に火をつけて、煙を吐き出す。ハボックの答えに、鎧の頭部がかすかに傾けられたが、しっかり者の嫁さんとダメな旦那の夫婦喧嘩みたいで面白かったとも言えず、ハボックは「座れよ」と促しながら喫煙所のベンチに腰を下ろした。

がしゃんと厳つい音をたてて、鋼の体がベンチに座った。行儀よくそろえた膝の上に両手をのせる格好は、2メートルをゆうに越える体躯には似合わないが、礼儀正しいその中身を考えると非常に彼らしい。

そう思うほどには、ハボックも彼ら兄弟とかかわりあいを持っているということだろう。だから、こんなおせっかいもつい焼いてしまう。

「しかし、ケンカなんて珍しいな」

「あれぐらいなら、しょっちゅうですよ」

少し拗ねた声が即答した。

「そんなにしょっちゅう、兄貴は言われた通りに買い物してこないのか?」

会話を聞いていたことはもうバレているのだからと、ハボックはつっこんで尋ねてみた。鎧の頭が小さく首を振る。

「他の買い物はちゃんとしてきてくれるんですけど。オイルだけ、いつも、ぜんぜん違うのを買ってくるんです。値段も、頼んだものよりずっと高いし」

「オイルって、兄貴のオートメイルのか?」

高価なものを買ってくることを問題にしていた会話に、てっきり自分のものを買って来ているのだろうと思ったが、アルフォンスの答えは違っていた。

「いえ、僕の鎧を磨くのに使うオイルです」

「そいつは、兄貴も使うのか?」

「いいえ。オートメイルと僕の鎧とじゃ、材質が違うから同じものは使えないんです。それに、兄さんのは、ぜんぜん手入れをしないから、そんなに頻繁にはなくならないんです。本当は体を洗うみたいに、毎日ちゃんと磨いたりしないといけないのに」

兄への不満にまた拗ねたようになる声を聞きながら、ハボックはヤニで色の変わった天井にむかって煙を吐き出した。

なんとまあ、ほほえましい。

大人びていて小生意気な少年が、弟に文句を言われても繰り返し高いオイルを買ってきてしまう姿を思い浮かべてみて、ハボックは小さく苦笑した。

初めから頼まれたものと違うオイルを買っていこうという気は、おそらくないのではないかと、ハボックは思った。
けれど、店に入っていざ買おうとすると、棚に並んだ高価な方へと目が行ってしまう。どうせなら、こっちの方がいいんじゃないか、値段が高いってことはその分中身もいいってことだろう。弟から頼まれたものとは違うけれど。

自分のものならばそんな風には思わなくても、弟の使うものになら、いかにもあの兄が考えそうなことだった。

そして、けっして悪いことをしているわけではないという意識が、悪意なく、同じ行動を繰り返させるのだろう。

「高いもんなら、そっちの方がいいんじゃないのか? 金に困ってるってこともないだろ?」

いっそいじらしいぐらいの行動に、ハボックは兄の肩を持って尋ねてみた。自分の言い分が、ついさっき弟に言い訳した兄と同じ内容なのに気づいて、思わず眉間に皺を寄せてしまった。15のガキと同レべルか。

けれど、返ってきた答えは兄へのそれとは別なものだった。

「国家錬金術師なんて、ただでさえ嫌われたりするのに、税金でまかなわれてる報償を無駄使いしたら、もっとよくなく思われます」

兄が悪く思われるのは嫌なのだと、言葉は続かなかったが、声も、膝の上でいつの間にか握られていた両手も、そう言っていた。


ほんとうに、この兄弟は。


あきれるのにも近い感情で、ハボックはもう一度天井を見上げた。小さく笑って感情をやりすごし、ハボックは視線を下ろして、口の端を上げて笑った。

「オイルを買うときだけは、おまえさんがついてってやるしかなさそうだなあ、そりゃ」

「でも、小さな子供じゃないんですよ。どうして、オイルだけちゃんと買ってこれないのかなあ」

世話を焼かせないでほしいと言うように呟きを交える声に、ハボックは「そう言わずに、ついてってやれよ」と笑って、長くなってしまった煙草の先の灰を、灰皿に落とした。



























04.2.28
相手のことを思って買ったが相手にとって結果的に無用なものである贈り物のことを賢者のおくりものと言うのだと思っている傾向があります。「ひとり」の関連話です。