おまえのなをよぶ














なあに、兄さん  と。







応えて返すおまえの声を聞くたびに、











空が、よく晴れている。
染料を溶いたような青空に向かって、エドは両腕をつきあげた。

口の端をゆがめて、あくびをする。よく寝た。歩き疲れてというよりは、歩くのに飽きて、強引に休憩することに決めて、川沿いの土手に寝転がったのは何分前だろう。

眠る前に空の真ん中にあった太陽は、輝きの衰えぬまま同じ場所にあった。
昼寝の時間はものの数十分だろうとあたりをつけながら、「おい、アル、何時だ?」と弟を振り仰いだ。

エドが目を閉じる前に、並んでちょこんと土手に座った弟は、いなかった。

一瞬、喉から腹の底へと身体の内側を冷たいものが滑って行った。失った体温を取り戻すように、エドは頭の中で繰り返した。ナンデモナイドコカソノヘンヲウロウロシテイルハズダ。

「アル!」

叱り付けるような大声で、エドは弟の名前を呼んだ。
一瞬の静寂に、どこかの木立から小鳥のさえずる音が聞こえた。

「呼んだー? 兄さーん」

のんびりとした声が、土手の反対側から聞こえてきた。がしゃんがしゃんと音が近づいて、雑草の茂った土手の切れた先に甲冑がひょいと顔を覗かせた。

ほっとする表情を俯けて隠し、エドは芝に片手をついて立ち上がった。

「もう、休憩はすんだ?」

「ああ」

「じゃあ、行こうか」

晩御飯までには町につけるかなあ、と、夕食を楽しみにしているような声が、エドの頭の上から降ってきた。自分はなにも食べることもできないのに、弟はそんなことをよく口にする。兄さん、おいしい?と一人食事をするエドに訊ね、うまいと答えると、よかったね、と嬉しそうに言う。

表情などあるはずのない甲冑が、そんな時、笑っているように、エドには見える。
この鋼の中に、確かに弟がいるのだということを実感する。

まやかしでも、妄想でもなく。
弟が、ここにいるのだと。

これは、自分の夢の世界ではないのだと。


「アル」

「なあに、兄さん」











応えて返すおまえの声を聞くたびに、こみ上げる安堵に胸が痛くなる。












「猫は置いてけ」



がしゃん、と両腕でかばうように甲冑の胸を抱きしめる弟を、やっぱりかと思いながら、エドは睨み上げた。



よく晴れた空に、にゃあと猫の鳴く声が小さく響いた。



























04.1.18
鋼2本目。