夕暮れ色




















子供の頃、「また明日」と言って友達みんなと別れても、兄さんとは一緒だった。
帰る家も、晩ごはんのテーブルも。
眠るベッドも。
時々、夢の中でも。

それは当たり前のことで、とても当たり前のことなんだけど。
僕はなんだか嬉しかった。

当たり前のことなのに。

























ドアの前に立って手を振る小さな少女と、彼女に寄り添う大きな犬とに、アルは手を振った。

「また明日ねー!」

と可愛らしい声が、宿へと帰るアルと兄を見送った。一つの場所にとどまることのない生活をもう何年も続けるアルたちには、あまり聞くことのない言葉だった。また、明日。

明日も、アルと兄はニーナのもとへ行く。彼女の父親の研究書と蔵書を閲覧するために。昨日も今日も、ニーナと遊んでしまってあまり成果はあがっていなかった。

錬金術師を父に持ち、研究に明け暮れるその父親にかまってもらえないニーナの姿は、自分たちの幼い頃に重なった。そんな感傷がなかったとしても、アルはニーナと遊ぶのが好きだった。賢くて優しいアレキサンダーも好きだった。そして、少女と遊ぶ時間を惜しまないでくれる兄が好きだった。

こんな風に、夕暮れの街の中をオレンジ色に染まって、二人並んであたたかいベッドのある部屋へと帰ることは、自分たちの罪を考えたら、許されないことかもしれないけれど。

それでもアルのやわらかい魂は、鋼鉄の鎧の中で同じ夕暮れ色の光景を思い出していた。濃く色を染めるあぜ道、オレンジと緑のまざった不思議な色で揺れるなだらかな草原、丘の上の小さな家。紺色のベールが降りてくる空、あたたかい夕餉の匂い。また明日と、手を振る幼馴染み。

隣に並ぶ、小さな兄。

「どうした、アル?」

記憶の中の声よりも、聞こえてきたのは少し低かった。アルはレンガの建物が立ち並ぶイーストシティの街並みから、傍らの兄へと視線を移した。

低い位置から見上げる兄の金色の髪は、今も昔も変わらず、オレンジ色に光っていた。

「あのね」

どうしようかな、と思ったけれど、誤魔化す方がややこしくなるので、アルは素直に答えることにした。夕暮れのあたたかくて少し寂しい色に、アルの気持ちも染まっていたからかもしれない。

「小さい頃ね、近所の子達と遊んで、帰る時に、皆なとは『また明日ね』ってさよならするじゃない?」

「うん?」

「でも、皆なとさよならしても、兄さんとは一緒なのが嬉しかったんだ」

友達とはさよならするけれど、兄にはさよならしなくていいのが、嬉しかった。
兄弟だから同じ家に帰るのは当たり前のことなのだけれど、今でもやっぱり、一緒に宿に戻るこの帰り道を、なんだか嬉しいような気持ちでそう思う。
兄さんとは、さよならしない。

当たり前の、ことなんだけど。

「なんだか、思い出しちゃった」と、小さく付け足したアルの声に、答えは返ってこなかった。



「兄さん?」



俯いて押し黙ってしまった兄の頬が、夕暮れ以外の色に染まっていたことは、見下ろすアルにはわからなかった。



























04.3.23
指輪のフロドにとってのサムみたいに、アルが兄にとってあたたかい記憶に繋がる存在であったらいいなと思いました。それで、アルは意識せずに兄にあたたかいものを与えてあげれたらいいなと思います。ちなみに兄が照れてるのは弟のことが好きだからです!好きな人から一緒にいるのが嬉しいって言われて照れる兄。