エドアル 10 TEXT |
猫 |
にゃーん、と。 通路の窓の下から聞こえてきた鳴き声に、ロイは足を止めた。そういえば、査定の有効期間がそろそろ切れる頃かと、小さな錬金術師を思い出す。それとセットで、大きな鎧の弟も。 窓を開けると、中庭には手入れのいい芝生と青い空があった。窓の下には、鋼色の鎧と茶色い虎縞の子猫が。 芝生の上を転がるようにして、子猫は大きな指にじゃれていた。小さな爪を立てられても、鋼鉄の指ならば痛くも痒くもないだろう。手が、猫じゃらし代わりに、右へ左へとゆらゆら揺れる。 空洞の鎧の中に猫をしまいこんで兄に怒られている所を、ロイも一度見たことがある。いかつい身体を、なんとも可愛らしい使い方をするものだ。子供だからか、もとよりの性格なのか。 大佐は窓の桟に両腕を組んで、寄りかかった。 「あ、大佐」 気配にやっと気づいたらしい相手が振り返り、少年らしい声でロイを呼んだ。 「やあ、アルフォンスくん。お兄さんと一緒かね?」 「はい。兄さんは今、資料室を借りてレポートを書いてます」 国家錬金術師の研究結果レポートを、査定の当日にでっちあげるとはいい度胸だ。もとより、東方司令部の担当官は彼の、彼ら兄弟の錬金術の研究内容を知っているので、様式さえととのっていればどんなレポートにも合格のサインをいれる予定だった。 そうとわかっているから、聡明な弟も、担当官本人に向かってそう言える。 大佐への受け答えにおろそかになった手もとに、にゃあと子猫が不満げな声を上げた。 「あ、ごめんね」 やわらかな声が、小さな子供に接するようにもっとやわらかく子猫に謝った。鎧によく懐いた子猫は、大きな指に寄り添うように小さな身体をすりよせて離れない。 「猫が好きかね」 「はい」 「猫のどんなところが好きなのかね?」 「どんなとこ、ですか?」 ちょっと考えるように、鎧の頭部が空を見上げた。 「えーっと、小さくってやわらかいところとか。あと、目つきが悪くて警戒心が強くて、でも、仲良くなれたら、すごく懐いてくれるところが好きなのかもしれません」 鎧の少年は、よく考えて答えるようにそう言った。 「君の兄さんのようだな」 警戒心が強くて人に懐かないくせに、ただ一人弟にだけはべったりくっついて離れない。鎧にまとわりついてじゃれる子猫は、そのまま彼の兄の姿のようだ。 だから猫が好きなのかね、と、そんな意味を含ませてからかうように作ったロイの口調に、鎧の頭部が振り返って首をかしげた。 「小さくって目つきが悪いところですか?」 共通点がそれしか見つからなかったらしく、声は言外に似ていないと思うけどなあとそう言っていた。まったく、兄はむくわれないな。と、そう思うと、ロイは少し愉快な気分だった。 「でも、兄さんは猫って言うよりサルですよ」 と、真面目に答える少年に、「それもそうだな」とロイも真面目に同意した。 |
04.3.28 兄がもっと鎧にべたべたしたらいいのになあ。 |