アルの小言A |
「本当にすいません」 酒場の店主に、アルは何度も頭を下げた。「いやいや、うちはお代さえ払ってもらえればいいんでね」と、にこにこ笑う店主からお釣りを受け取って、兄の財布の中へとしまいながらアルは背後を振り返った。 丸いテーブルの上には空の酒瓶が…、上だけではない足元の床にも転がっている中で、兄は両腕をだらりと伸ばして顔を乗せ、気持ちよさそうに眠っていた。 信じられない。この、よっぱらい! 沈む太陽に追いたてられるように飛び込んだ宿屋には、食事がついていなかった。大通りを挟んだ向かいの酒場を勧められて、兄は夕食を取りに行き、アルは荷物を片付けたかったので宿に残った。そうして1時間後、アルは宿屋の主から、兄が忘れた財布を届けてほしいという酒場の店主の伝言を聞いた。 「ほらっ、起きて! 帰るよ、兄さん!」 肩を掴んでゆする声は、意識せずともとげとげしくなった。未成年の飲酒をどうこう言うつもりはないけれど、酔いつぶれるまで飲むのはどうかと思う。酒は百薬の長なんて言うけれど、飲みすぎることが体にいいわけない。 「んんーーー」 「アルぅー?」と、正体をなくした兄がろれつの怪しい声でアルの名を呼んだ。腹立たしさに答えずにいると、「アルぅー」と今度は甘えるように、もう一回。やだなあもう、ほんとに酔っ払いだ。 「はいはい、僕だよ。兄さん、立てる?」 「うぅー」と、肯定か否定かどっちともとれない声が答えて返す。ひきずるのと担ぎ上げるのとどっちにしようかと思ってため息を声にすると、カウンターの向こうから笑い声が聞こえてきた。もう一度、振り返ると、客の注文のビールをサーバーから注ぎながら、「あんたに連絡したって言うまでは、しゃんとしてたんだけどねえ」と、店主はとりなすように口の端を上げた。 食事をとっていた兄を、早い時間からできあがっていた常連客の一人がからかって、売り言葉に買い言葉のやりとりの末、飲み比べをすることになったのだという顛末を、店主は陶器のジョッキに次々とビールを注ぎながらアルに話して聞かせた。 「あんたが迎えにくるってわかったら、気が緩んだんだろうねえ。あっという間に寝ちまって」 「アルぅーー」と、起きているのだか寝ているのだかわからない声が、酒場の喧騒の中からアルを呼んだ。振り返れば、テーブルの上に涎をたらしてだらしなく眠る顔。 ほんとにもう、世話がやけるったら。 アルはテーブルのそばにしゃがみ込み、兄の片腕を自分の肩に乗せ、体をすべらせるようにして背中にしょった。「ご迷惑おかけしました」とカウンターに頭を下げると、「二日酔いにならなかったら、朝飯は一緒に食べにおいでよ」と店主は笑った。しばらくの間は、この小さな酔っ払いのことは酒場の話題に上りそうだった。もしかしたら、その兄を迎えにきた巨大な鎧姿の弟もセットで。 アルは小さく頭を下げて、すっかり暗くなった通りへと出た。酒場から漏れるオレンジ色の明かりが、背中から暖かく照らしている。首をかしげるようにして背中を振り返ると、兄の金色の髪がオレンジ色にやわらかく光っていた。 「酔っ払って、弟におんぶされるなんて、みっともないよ」 ちょっと拗ねたようになった声に答えたのは、深い寝息の音だった。 |
04.5.9 新OPが好きすぎて、あの寝てる兄とアルのカット1つ1つでSSを書きたい…! と、本気で思っているわけで。新OPシリーズ2個目です。 |