ぼくのまほう



















僕はまほうの言葉を持っている。
























しとしとと、雨が降っている。兄さんは、ずっと黙っている。



雨は、東方司令部にやってきてから、降っては止んでを繰り返していた。
兄さんは雨が好きじゃない。もしかしたら、オートメイルと神経とをつなぐジョイントが、湿気にきしんで痛むのかもしれない。

そのくせ、面倒がって傘はささないから、雨の日はいつもずぶ濡れだった。

雨を避けて足早に歩く人々を眺めているのか、そうじゃないのか、兄さんは広場に目を向けたまま黙っている。傘もなく、雨に塗れている。

けれど、今、兄さんが雨に打たれているのは、傘をさすのが面倒だからじゃなかった。

「兄さん」と、呼ぶと、物思いから覚めたような声が、ああ、と答えた。

静かに話す声と、石畳を叩く雨音に耳を傾けながら、僕は兄さんの言葉の裏側にある決心のことを考えていた。

無力である自分への憤りや、進もうとする道への悩みも、全部本当の兄さんの気持ちなんだとそう思うけれど。

それでも兄さんは、無力でも間違っていても、進んでゆくと決めている。
どんな後戻りもしないと、自分に課して。



どんなに足が重くなっても、たとえ泥の底でも、進むと、今この瞬間もそう思っている。



「兄さん」



だから、僕は繰り返す。



「ボクはやっぱり、もとの身体に、人間に戻りたい」



繰り返し、何度でも言う。



「人間に、戻りたい」



その言葉が、兄さんの足を前へと進ませる、力になると知っているから。



人間に戻りたいと、僕が思うことが、願うことが。



それをかなえようとする兄さんの、力になると知っているから。






































もとの身体に戻りたいという言葉は本当の気持ちだけど、それと同じぐらい全部嘘だった。

本当は、鎧の身体のまま死んでしまってもいいと思っている。

人間に戻れる方法を探して、探して、ダメだったとしても。

兄さんが、もとの身体に戻してくれると言う度に、その時は兄さんも一緒だと応えるけれど、本当は、兄さんの身体が元に戻ればそれだけでいいと思っている。

一緒じゃなくていい。兄さんだけでいい。

本当なのと同じだけ、それは嘘の言葉。


けれど、その言葉で兄さんは前へすすめるから、倒れず歩いて行くことができるから。

何も映さなくなった兄さんの目にあの時からともった火を、消さないように。





消えないように。










なんどでも繰り返す、それは僕のまほうの言葉。









































04.1.20
アルはもとの身体に戻れなくても絶対にエドを恨んだりしないだろうと思うと。心のどこかで覚悟をしてたりしてそうかなあと。