エドアル 10 TEXT
旅の果て





















医療施設の不便なところは、煙草が吸えないことだ。

火の点いていない煙草を口の端でもてあそびながら、ハボックはこの任務に自分を当てたのは上官の嫌がらせに間違いないと確信した。
煙草が吸いたくて仕方ないが、交替の人員もいない。護衛対象にちょっと断って、喫煙所に行ってくることも可能だったが、小さな個室の中には声がかけづらかった。

人間の身体を取り戻してまだ一週間にも満たない少年は、白くて清潔なベッドの上に静かに眠っていた。連日に及ぶ血液検査やら免疫なんたらやらで、そうとう疲れているらしく、病室では眠っていることが多い。まぶたをぴったりと閉じた寝顔の横には、少年の兄が椅子に座ってつきそっていた。少年が起きている間は話し相手になり、眠ればじっと寝顔を見守る。ハボックの知る限り、それは毎日続いていた。

「少尉」

眠る弟を気遣う静かな声が、ハボックを呼んだ。ドアのない入口から顔だけ向けると、「ちょっと、頼む」と言ってエドワードが椅子から立ち上がった。
「はいよ」と負けずに声をひそめて、ハボックは答えた。この兄が弟の側を離れるのは、今のところトイレに行く時だけだ。

心配そうにと言うよりは、未練がましく、兄はベッドに視線を落とした。その一瞬のためらいに応じるように、伏せられた睫が小さく揺れて金色の目が半分ほどその下にのぞいた。

「……どこ、行くの……?」

掠れた声がささやくように兄に尋ねた。

「どこって、トイ……」

どこもいかないで、と。
兄の応えを遮るように小さな声はそう言って、眠りの中を彷徨う瞳がゆっくりと閉じた。
すうすうと、規則正しく安らかな寝息が聞こえ始め、少年は、また深い眠りについた。けれど。

「尿瓶もってこようか?」

「……いらねえよ」

椅子に座りなおした背中が、むっとしながらもひどく幸せそうな声で答えた。
























04.5.18
旅の果てにたどり着いた場所。
アルは100パーセント寝ぼけてるわけですが、兄はわかっててもそう言われたらどこにも行けないんじゃないかな。