幕間
























弟に言われて墓参りをすますと、本当にすることは何もなくなってしまった。

錬金術の研究書でもあれば良かったが、いくばくかの蔵書は家と共に炎の中に消えた。
幼馴染みの家のソファに寝転がって、エドは天井を見上げた。

片腕がなければ何の役にもたたない、と。

東方司令部の軍人たちには好き放題に言わせておいたが、片腕でも練成はできる。もともと、練成陣を描いて行うのが錬金術で、あの日までは、エドも世の大半の錬金術師と同様に陣を書いて練成を行っていた。

だから、片手片足でも、役に立たないことはなかった。
それでも生きていけるのだ、自分は。


けれど。


「兄さん、寝てる?」

カラカラカラと、車輪の回るような音がしたかと思うと、弟の声が小さくエドを呼んだ。

「なんだ? アル」

ソファの上に起き上がって居間の入口に目を向けて、エドは凍りつきそうになった顔を、一瞬で呆れた表情へと変えた。

「なんだ、そりゃ」

「ウィンリィが作ってくれたんだ」

右半身をほとんど失った鎧が、車輪のついた板の上に乗せられていた。明らかにやっつけ仕事な台車の様子とは対照的に、空洞になった右の腹部を支えるためのクッションが丁寧に挟まれている。
台車に乗り切らなかったのか、無事だった左足は思い切り良く外されていた。

「兄さんの腕が治るまでの間、動けないのは不便だろうからって」

嬉しそうに言って、アルは左手を床について器用に台車を動かした。

上手でしょう、と、そんな風に言うみたいに、くるりと回ってみせて、弟は、カラカラとソファに台車を滑らせた。

「兄さん、僕もう羊臭くない?」

エドは、甲冑の頭部に顔を寄せた。

「ああ、ホントだ。臭わないな」

「アームストロング少佐が洗ってくれたんだ。あの人、いい人だね」

元凶である本人が誰か忘れたのか、やっぱり嬉しそうに報告する弟の頭に、エドは生身の手を乗せた。


おにいちゃん、と。


少女がエドを呼んだ瞬間、うつろな目で見上げる姿に、一瞬で弟の姿が重なった。

体中を支配した怒りは、自分のために娘を犠牲にし、人間ではない姿に変えた男への怒りであり、そして自分への怒りだった。


アルを、こんな姿にしてしまったのは自分だ。


結果を知っていて娘を人ではなくしたあの男と、結果を知らずに弟を人ではない姿に変えてしまった自分。

そうなることがわかっていたならやらなかったという言い訳は、どれだけ意味があるだろう。

人ならざる姿に変えられた者にとって、そんな言い訳にどれだけ意味があるだろう。


エドは床に立ち上がり、台車の上に片足を乗せた。

「兄さん?」

不審そうな声が、エドを呼んだ。

テーブルの上に転がっていたペンを手にとって口にくわえ、外した蓋を床に吐き捨てる。幼馴染みが作業に使うペンは、ステンレスや鋼鉄にも印のつけられる油性ペンだ。

「兄さん……、何するつもり……?」

答える代わりに、口の端を上げて笑って返す。
弟は、兄の意図を完全に理解したようだった。

「やだやだやめてよ! 兄さん!」

じたばたと左腕を動かして逃げようとするが、エドの足が体重をかけて車輪を上から押さえつけているので、思うように台車は動かなかった。

「こっちはすることなくって、暇で暇で死にそうなんだよ。つきあえ!」

「やだーっ! 助けて、ウィンリィー! ばっちゃぁーんっ!!」

「助けなんか来ないぜ! おとなしくするんだな!」

芝居がかった声で言って、エドは甲冑の眼窩の上に睫をびっしり書き込んだ。右と左と、ついでに下睫も。

「男前になったぞ!アル!」

「ひどいよ!兄さん!」

落書きの出来栄えに身体を折って爆笑すると、本気でむくれた声が非難した。

「次は背中にチャックだな」

「やだってば、やめてよー!」

服の肩を掴んで離そうとする弟に引き剥がされまいと、エドは身体ごと甲冑にのしかかった。思い切り体重を乗せて、抵抗を封じ込めるふりをして。



「やめてよ、兄さんのバカー!」



笑いながら、片腕で弟の身体を力いっぱい抱きしめて、エドは硬く冷たい鋼に顔を押し付けた。




















































本当はお前に恨まれているんじゃないかと、あの日からずっと聞けずにいる。
























04.1.21
4巻で、泣いちゃいました。兄さん…。