イノセント |
その髪は願掛けなのかと聞いたら、ひどく嫌そうな顔が振り返って、面倒臭いからだと答えた。 肩よりも長い金髪が、日焼けを知らない肌の上に揺れた。 女性との情事の時には最初に見るその光景を、ことの終わった最後に見るのは不思議な感じがした。ベッドの上にうつぶせに寝そべって、シーツに頬を押し付けて見上げる背中は女性の視界だ。 ばらけた髪をすくいあげた指先が、器用にそれを三つに分ける。 むきだしになったうなじにも髪を編み直す仕草にも色気はかけらもなく、いまだ幼くともこれは男なのだとそう思う。初めてした時も、当然のように自分が挿れる側を選んでいた。 そう遠くない昔の記憶に、ロイは笑う口もとを隠してシーツに押し付けた。目を閉じると思い出す、相談の余地はないのかと不満を言うロイに向って、他の者とやれとそう言ったのだ。あんたはいくらでも相手がいるんだから他のやつとする時にそうしろよ、俺にはあんたしかいないんだ。 そう言って見下ろす目が、これからセックスをしようとしているとは思えないほど真剣な表情をしていたので折れてしまった。情欲を上回る何かの感情がこの子供の中には常にあって、最中であってもそれが時折表に出てくる。子供の理屈を押し通したあの時も、そうだった。 シーツに笑う顔を隠していたのに、「なに企んでんだよ」と頭を小突かれた。 「痛いな、情事の後の相手にはもっと優しくしくするものだぞ、鋼の」 「あんたの忍び笑いは、よからぬことを思い出しているか考えてるかのどっちかなんだよ」 「ついさっきまで自分の中に君がいたのだと、思い出していただけだよ」 顔を傾けて半分だけの視界で見上げると、ベッドの縁に座って振り返る相手の表情がおもしろいほどに歪んだ。 「思い出したら、またしたくなってしまった」 口の端を上げたまま、ロイは体の下に右手を差し入れた。上がった肩の内側に口もとを寄せるようにして、目を閉じる。頬の上に痛いぐらいの視線を感じて、笑う形に唇が開く。わざとらしいほど深く息を吐き出して、眉根を寄せる。 薄く目を開けて伺うと、みつあみをたらした背中が向けられていた。なんだ、つまらん。 「なあ、鋼の」 答えは返ってこないが、聞こえているだろうから気にせず続けた。 「その髪は願掛けなのか?」 「……いちいち切るのが面倒だからだよ」 一瞬の間を置いた声は、感情をきれいに消し去っていた。けれどそれこそが、狼狽を表していた。 「旅しながら、しょっちゅう床屋になんか行けねーだろ。適当に切って編んどけば格好つくし」 この子供は、思ったよりも嘘が下手だ。 鋼鉄の肩が沈んで、床に落ちた服を集めた。子供の背中なのに、妻のもとへ帰ってゆく愛人を見送るような気分になる。我ながら当を得た比喩だ。この子供はいつも、何よりも大切な者のもとへと帰ってゆく。 上着を羽織る背に、友人の背中がだぶった。愛する者のもとへ帰る男の背中。十五歳でもう、この子供の背は二十九の男と同じものだった。自分だけが、持ち得ない。 ロイは腕を伸ばして、綺麗にみつあみにされた髪に指をひっかけた。そのまま、爪でひっかくように紐を外すと、真っ直ぐな髪が解けて広がった。 「……なにすんだよ……」 振り返った顔が、眉を寄せて睨む。この子供といると女性の役回りは全て自分に回ってくると、むっとしている顔を見返しながらロイは思った。こうやって、気をひいて引き止めるようなことをするのまで。 「鋼の」 女のように、男を誘う声で呼んで、ロイは頬をシーツに預けたままゆっくりと目を細め、口の端をつり上げた。娼婦のように笑えているだろうか。 見下ろしてくる金色の目は、嫌なものを見るように歪んだ。 |
2004.11.28 「イノセント」から、一部、転載です。 |