向かう



















留守を頼む、と、そう言って、白い手袋をはめる上官から、リザは窓へと視線を逸らした。

窓の外には漆黒の闇が広がっていた。ガスが出ているのか、夜闇の中に瞬く街の灯りは見えなかった。彼が出てゆく暗闇を、また一歩踏み出す道のことを思って、リザの心の奥は少しだけ沈んだ。それでも最後まで見届けると決めたのは自分だった、彼の進む道を、向かう先を。

「昼間の質問を、もう一度伺ってもよろしいでしょうか」

窓から視線を外さぬまま、リザは闇に問うように尋ねた。窓に映った背が、黒いコートを肩に羽織って足を止めた。

「どうして、すぐに分かるような嘘をおつきになったんですか」

自らの手によって運んだ夕刊は、開かれないまま机の上にあった。あの兄弟と可愛らしい幼なじみが、同じ記事を目にしたかどうかは分からない。けれど、軍属である兄の身分を考えれば、遠からず耳に入る事実だった。

「親友の死を、その原因となった相手にどうして私が告げなければならない?」

ガラスに映った背は振り返らず、「大人気ないな」とやわらかい声で呟いた。

静かな背中から窓の縁へと目を伏せて、「そうですね」とリザは答えた。それでいい。貴方の野心に関係のない子供に、優しさなどかけなくていい。自らの傷さえ癒えていないのに、他人の心が傷つくことなど気にかけなくていい。

「行ってくる」

ドアの開く音を背に聞いて、リザは「お気をつけて」と言葉だけで見送った。



























大人気ないのは自分だった。
あの人に優しくされた子供にまで嫉妬している。













2004.11.30

9巻ネタです。