シエスタ |
『あまり似てらっしゃらないんですね』 初対面の人間は大抵、世間話の糸口のようにそう言った。 軍の敷地の中がこんなにものどかでいいのだろうかと思うほど、のどかだった。 中庭には誰が手入れをしているのか、青々とした芝が美しく広がっていた。、石畳に囲まれた緑色の円の中では、子犬と甲冑がじゃれあっている。 「わー、おりこうだね、ブラック・ハヤテ号」 ネーミングセンスを疑う名前を律儀にフルネームで呼んで、鋼の指先にちょこんと前足を乗せた子犬を、弟は手放しに誉めた。 「ねえ、兄さん」 同意を求める声に振られて、エドは「ああ」と眠気の混じった返事をかえした。 陽はぽかぽかと、エドの金髪の頭をてっぺんから照らしている。太陽の光ににょきにょき伸びる植物のように、身長が伸びればいいのにな、と考えかけて、エドは不毛な妄想に眉を寄せた。アホらしい。 そんなことを考えるより、まだ、寝る子は育つを実践してみる方がマシだ。 「アル、昼寝するから、適当に起こせよ」 「オッケー」 子犬と遊ぶのに夢中で半分生返事の弟に、エドは視線を向けた目だけで笑って、芝生の上に寝転がった。 猫とか犬とか小鳥とか、弟は昔っから小さな動物が好きだった。 けれど、飼いたいと言ったことは一度もなく、幼馴染みの家の子犬をよく可愛がりに行っていた。反対に、人並みに可愛い生き物だとは思っても、弟ほどの興味はエドにはなかった。 エドとアルは、兄弟なのに違うのね、と。 不思議そうに首をかしげる幼馴染みの少女の顔が、まぶたの裏の明るい闇に浮かんだ。 そういえば、似ていないと言われるのは子供の頃からそうだった。 そもそも顔立ちから、ぜんぜん似ていない。 同じなのは髪の色だけ。目じりの少し下がったまあるい大きな目をした弟は明らかに母親似で、釣り上がり気味の鋭い目をした自分は多分、顔を見たこともない父親に似ているのだろうと、エドにも容易に想像がついた。 アルが人間の身体を取り戻したら、もう、似ていない兄弟だと言われることもなくなるのだろうと漠然と思っていたが、やはりそう言われることには変わりないかもしれなかった。 母親似の弟の、十四歳の姿は、きっとやっぱり母親似のままで。 目じりの少し下がった大きな目をしていて、輪郭も顔立ちもやわらかくて、見るからに優しそうで。 それで、笑顔が、春の陽射しみたいにあたたかく輝いて。 「兄さん?」 呼ばれて目を開けると、陽光が遮られて視界が暗かった。覗き込んでいるらしい弟の顔が、薄暗い影になっていた。 太陽を背にした顔が笑って、大きな目が陽射しのきらめくような笑みをこぼした。 「アル、フォンス……?」 「うん、僕」 と、答えた弟は、確かに弟だった。背中に黒い子犬を乗せた鋼色の鎧が、がしゃんと音をたてて身体を起こした。 弟を追うように、エドは芝生の上に身体を起こした。赤いマントの背と金髪から、ぱらぱらと芝が舞い落ちた。 「あ、こら、引っかいちゃダメだよ。爪が折れちゃう」 背中から滑り落ちてかりかりと甲冑の膝を掻く子犬に、「めっ」と言いながら、アルは両手で小さな黒い体を抱き上げた。 「猫も可愛いけど、犬も可愛いよね、兄さん」 楽しそうな声が、子犬を見つめたまま同意を求めてそう言った。 昼下がりの幻は、跡形もなく消えていた。 だからって、犬を飼うのもダメだからな、と。 幻の笑顔に絆されそうになるのをこらえて、エドはせいぜい兄らしい威厳を込めて釘を刺した。 |
04.1.22 東方司令部のある昼下がり。14歳ならまだお母さん似の可愛いアルもいいかなあ(ときめき)と。 アルに「オッケー」って言わせてみたかったのです。 |