レッスン2





























「バカは風邪ひかないって、迷信だったんだなあ」

両腕を胸の前で組んでそっくり返って嬉しそうに口の端を上げている若い錬金術師。ロイは幼い顔を一瞥し、すぐに手元に視線をもどした。

迷信ではなく俗説だろうと訂正しかけ、バカらしくなったのでやめる。

ロイはペンの背で書類を叩き、机にひじをついたもう一方の手に、こめかみを支えるようにして頭を預けた。見上げる先では、まだ口の端を上げて笑っている顔。

「ご機嫌だな、鋼の」

「そんなこともないけどな。何かして欲しいことがあったら言えよ」

貸しを作る気まんまんの、優越感に満ちた声。

「子供にしてもらいたいことなど何もない」

いつもならひっかかるキーワードにも、つりあがった目は笑みを崩さなかった。まったく何がそんなに楽しいのかと聞きたくなるような上機嫌だ。

「では私からお願いしていいかしら、エドワード君」

執務机に書類の束を追加しながら、有能な中尉が少年に顔を向けた。なに?と言うように、つりあがった目がロイから逸れる。倣うように、ロイも部下の美しい横顔に視線を向けた。

「大佐を医務室に連れて行って、医師の診療を受けさせてちょうだい」

「なんだよ、それ。注射が怖くて、行きたくないのか? 大佐?」

「自分がそうだからと言って、人も同じだと決め付けるその発想が子供だな、鋼の」

だから背が伸びんのだ、と続けると、「背は関係ねーだろ!」とムキになった顔が歯を剥いて振り返った。

「大佐がお嫌いなのは、注射じゃなくて、薬よ」

「そっちこそ、子供じゃねーか」

また、エドは機嫌をよくして唇を上げた。まったく、何がそんなに楽しいんだ。人が風邪をひいて体調が悪いというそれだけで。

ロイは汗に湿った前髪を指先にかきあげた。額の熱が、冷えた末端に炎のように熱く感じる。38度はゆうに超えていそうだ。

「それから、もし大佐が気を失ったら起こしてもらえるかしら、今日中に目を通してもらわないとならない書類が溜まっているの」

「イエッサー」

敬礼に目礼を返して、中尉は執務室を出て行った。「さてと」と、視線をドアから戻して、ロイを見下ろす目がにんまりと細くなる。

「なんか欲しいもんがあったら、持ってきてやるけど?」

また同じ台詞だ。よほど、恩を売っておきたいのかと、そう思って視線を伏せて。


相手が何か欲っしていると決めつけているような断定的なその口調に、やっと、思い至った。


ああ、なんだ。そういうことか。


すぐに気づかなかったのは、やはり熱のせいだろう。苦笑にゆがみかける口元を、さらに顔を伏せて隠して、「あたたかいココアが飲みたいな」とそう告げた。

「一つ貸し」と、言い置いて、少年は元気にドアを出て行った。

扉が閉まる音を聞いてから、ロイは折った片腕に頭を乗せて、くつくつと喉の奥で笑った。さて、どうしたものか。























風邪の治るまでの間、世話をやかれてやることにするか。



























04.01.28 →up 02.03
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