Costume play |
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「アルー!」 バタンと、ノックもせずに大きな音を立てて開いたドアに、アルは小さくため息をついた。 もう、小さな子供じゃないんだから、年頃の姉が年頃の弟の部屋をノックもせずに気軽に入ってこないでほしい。 別に部屋でやましいことをしたりはしないけれど。 年頃の少年らしい欲求がないわけではなく、姉がいつドアを開けるかわからないので。独立した自室とはいえ、アルは自分の寝室をプライベートな場所だとは思っていなかった。 ついでに、そんな格好でうろうろするのもやめてほしいなあ。 ワンピースみたいに長いキャミソール一枚で、きらきらした目で頬を上気させている姉を、アルはベッドの中からちょっとうんざりしながら見返した。この姉が、いったいどんなろくでもないことを思いついたのか考えるのも怖い。 アルは姉が右手に握っている細い棒2本と、左手に下げている少し大きめな紙袋に嫌な予感を覚えた。直感ではなく、経験で。 「ご機嫌だね、姉さん。おかえりなさい」 表面上はにっこりとアルが笑うと、姉はえへへと言うように嬉しそうに表情を緩めた。アルコールに酔っているらしい分を引いても、本当に、緩む、としか言いようのない顔だ。研究書に向き合っている時などは、身内の贔屓目抜きにはっとするほど美しい姉だったが、それ以外ではどうもしまりない。 姉は、軍の有力者が主催するパーティーに著名な錬金術師として招かれて出席し、今帰ってきた所だった。当初は欠席を公言していた姉だったが、軍の有力者である所のマスタング将軍と何やら取引をしたらしく、夕方には上機嫌と言ってもいい様子でドレスをまとって出ていった。 「ドレス、もう脱いじゃったの?」 「あれ、きゅうくつなんだよ。動きづらいし」 高くまとめた髪も、すっかりばさばさだった。小さな姉さんがそのまま大きくなったみたいな格好で、大きな姉さんはどすんと、アルのベッドに飛び乗った。ただ、右手と左足だけが昔と違う。アルの身体をすっかりもとに戻しても、姉は頑なに自分の手足を戻すことを拒んだ。 結局、根負けしたのはアルの方で。いつだって、姉は自分の意思を押し通すのだ。もちろん、今も。 「アル、ゲームやろう」 細い棒を握った手を突き出して、エドは遊びに誘う子供みたいに弟に笑いかけた。 「いいよ。どんなゲーム?」 姉がくつろげるように、アルはブランケットの下で両膝を胸に引き寄せた。エドはベッドの上に胡坐をかいて座りなおした。 「王様って書いてあるのを引いたやつが、それ以外のやつに何でも命令できるゲーム!」 「……やっぱ、やらない……」 身の危険を感じてじっと見返す弟に、姉の方は眉を跳ね上げて頬を膨らませた。 「なんだよ!いまやるって言ったじゃんか!」 「そんないかがわしいゲームどこで覚えてきたの!?」 悪い遊びの出所なんて決まっていたが、アルはなんだか頭がくらくらした。 間近に詰め寄る姉のアルコール臭さに酔っ払ったかも。それか、キャミソールの狭い隙間からのぞいた胸が、乳首が見えるほどぺったんこなことに、姉の代わりに絶望的な気持ちになったからかもしれない。 姉さん、ほんとに胸が小さいというよりないよね、ゼロだよね。母さんはスタイル良かったのにね、顔だけじゃなくてそんなとこまで父さんに似ちゃったのかなあ。 姉の発育不良を我が身のことのように嘆いている弟の気持ちも知らずに、すぐ目の前でつりあがった目がゆったりと笑って口の端を上げた。 「アル、やーらしー。なに考えてんだよー」 姉さんの胸が一緒におフロ入ってた頃とまったく同じサイズだってことです。 なんて言おうものなら、隠しているけど実はすごく気にしている姉が逆上してとんでもないので賢明な弟は黙っていた。その反応をどうとったのか、姉はにやにやと笑っている。どっかの将軍みたいだよ、その顔。 「……だいたい、そーゆうゲームって何人もいて誰が当たるかわかんないから楽しいんじゃないの?」 「いいんだよ、アルが王様引いたら、姉ちゃんはなんでも言うことを聞く。そんで、姉ちゃんが王様引いたら、アルがなんでも言うことを聞く。な!」 せいいっぱい考えたアルの抵抗に、姉は自信満々な時に見せる笑顔で答えた。 「王様だーれだ!」と上機嫌で掛け声をかけていた姉は、十数回目に引いたクジを見下ろして、それは情けない顔をした。 「はい、王様、ボクね。えっと、明日のトイレ掃除ーは、もう言ったからー」 サイドボードの上のメモに手を伸ばして、アルは並んだ項目を確認した。ゴミ出し、庭の草むしり、朝食の準備、食器磨き……と並んだ項目の、トイレ掃除は7番目にあった。 「……もうやめる?」 振り返ったベッドの上で、ふるふると肩を震わせながら俯く姉に声をかけると、ばっと上がった顔が眉をよせて涙目になっていた。 「イカサマだ! なんか、ズルしてんだろ! アル!」 「クジ2本しかなくってどうやってズルすんのさ……。自分の天才的なクジ運の悪さを人のせいにしないでね」 アルは屈辱に打ち震える様子の姉を眺めながら、ふわぁとあくびをした。 「もう寝ようよ、眠くなっちゃった」 姉の帰りを一応待っていたせいで、時刻は日付をとうにまたいで深夜になっていた。本格的に眠気を覚えて目をこすった弟に、エドは「もう1回」という言葉をぐっと飲み込んだ。 俯いて唇をかむ姉に、ちょっと可愛そうだなんて仏心を出したことを、次の瞬間には後悔することになるのだが。 「姉さん、王様になって、なに命令したかったの?」 と、アルは尋ねてしまった。 「アルに……、これ着せたかった……」 姉は、ほうったらかしになっていた紙袋を引き寄せた。ぎゅっと握る姉から紙袋を取り上げて、アルは中身を覗き込み、そして袋の口を閉じた。 「……それ借りるのと交換で、行きたくもないパーティーにも行ったのに……」 将軍との取引内容を期せずして知ったアルは、再び眩暈のような感覚におそわれた。なにやってんのあの人!なんでこんなもん持ってんの! 「あいつが着てるやつだけど、ちゃんとクリーニングに出しておいたからな」 言葉を失っているアルに何を思ったのか、姉は袋の中から一式取り出しながら、そんなことをフォローした。 ってゆーか、聞いてないから!そんなこと!教えないで!! 「アルー?」 心配そうに首をかしげて覗きこむ姉に、アルはなんだか本当に意識を手放したいような気分になった。もし、一回でも負けてたら、これを強制的に着させられてたんだ、ボク……。 ベッドの上には、姉が並べた真っ白な看護婦さんの制服。ナース・キャップと白いストッキングとサンダル付き。ご丁寧に、どれも女性が着るよりも大きめなサイズだった。 うわー……。 ふと、諦めきれないような目で見上げる姉に気づいて、アルは別な話題を探した。えっと、今日はパーティーだったんだよね。そうそう。 「それより、姉さん。今日着てったドレス着てみせてよ」 にっこり笑っておねだりすると、姉は釣りあがった目をぱちぱちさせた。 「そしたら、アルもこれ着てくれるか?」 これ、と、姉が真っ白なナース服を持ち上げて見せる。スカートの裾が不自然に短いことに気づいてしまって、アルは恐ろしいものから顔を背けた。 「いやです」 服を下ろした姉がむーっと膨れる。もう、大サービスだよ!?と、背に腹は変えられない気持ちで、アルは姉の細い手をとり、両手に包んで首をかしげた。 「ね、王様からのお願い。着てるとこ見せて。姉さん、すごくきれいだったから、もう1回見たいな」 「脱ぐとこは?」 「……それはいらない」 未練がましく見上げていた相手は、「ちぇー」と子供のように拗ねた声で答え、それでもどこか嬉しそうにいそいそとベッドから降りてドレスを取りに行った。 とりあえず去った一難に、ほっと息をついて、アルは姉がまた無茶を言い出す前にコスプレ道具一式を袋にしまってベッドの下に隠した。 午前1時。深夜の姉弟の攻防は、もうちょっとだけ続く。 |
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お題「「ナース・コスプレ」/04.06.11 ハナ *鎧にナースコスとどっちにしようか真剣に迷いました。 |